母の旅立ち
私事で、大変恐縮ですが………。
恩師の訃報を聞いたその日8月19日、実は最愛の母を見送りお別れをし、帰宅した日でした。
92歳の天寿を全うし、笑顔を残して旅立ちました。
コロナ禍であり、主人と息子と家族3人だけで、ひっそりと、でもかなり優しい時を過ごし、寂しくても笑顔で見送りました。(母との約束でしたから……)
父を亡くしたのが50年前の9月27日。家庭婦人だった母は勤勉性を発揮し職業婦人へ。
それこそ女手一つで三姉妹を何不自由なく(私だけかも……?)育てて貰いました。
4年前にはすぐ上の姉を亡くし寂しかった事でしょう。辛い時間でした。
長年住み慣れた鹿児島から私の住む南阿蘇に移り、近くにある施設で静かに余生を送りました。
コロナ禍で思う様に会えなかった事は心残りですが、本当に残りの僅かの時間、最期の最後まで毎日私の拙いソロコンサートを楽しんでくれた事、一緒に歌ったり出来た事、濃密で優しい時間を過ごせた事は嬉しい想い出です。
今、私がこうして大好きな音楽活動をしていられるのは母のおかげです。
産んでくれて、育ててくれて、…。真面目で、誠実で、それでいて、しなやかで、常に微笑みを絶やさず、広い心、強い心、優しい心を持ち、全てを許してくれた母でした。本当に感謝しかありません。
「才能に自信を持って!!」恩師の言葉を胸に(自信なんてこれっぽっちも無いけれど…)
母にも音楽の道への背中を押して貰い、それこそ、「音楽馬鹿」を貫いています。(笑)
後、残された時間はどのくらいか分かりませんが、沢山の方々に支えて頂き、今まで学んだ事、体験した事、感じてきた事を、身の丈に合った音楽活動でお返ししていこうと心密かに新たに決意しているこの頃であります。
今まで関わって下さった皆様のご厚情に深謝致します。
お母さん、本当にありがとうございました。
お父ちゃんと祐子さんにもう、会えているでしょうか?………………。
もう暫くこの世界で、頑張っていこうと思います。
10月3日 父の50年忌法要と母の49日法要をつつがなく、圓林寺様で、済ませました。
ありがとうございました。
お世話になった施設の居室で…………。